以前メンテナンスに出し、最初の返却時に想定外の対応をされたために久しぶりに怒り爆発してクレームし、再度メンテナンスをお願いしていた時計が、ようやく戻ってきた。以前につけてしまった大きい傷はもちろん修復されようはずもなかったが、それ以外の箇所はすべて直っていた。むしろ、大きめの傷が残っていたからこそ自分の時計とようやく認識できたくらいに、見違えるように元気な時計になって戻ってきた。これを感動と言わずしてなんとしよう!最初にメンテナンスを出したのが6/15だったから、三ヶ月以上腕時計なしだった。
暑い夏を腕時計なしで過ごしたので、左腕先の肌が時計焼け残しのない色になっている。考えてみれば、メンテナンスに長く掛かり過ぎていたと言えなくもない。
時計なしで不便に思うことも確かにあったしかしやはり思い出すのは、一回目のメンテナンス後にクレームしたときのKENTEX社の対応の素晴らしさだそのときに誠意を頂いたと思えたからこそ、メンテナンスが三ヶ月掛かっても怒りは起きず、むしろ待ち望む気持ちだった普段と違ういろいろな感情を経験できたので、個人用備忘録としてメモしておこう。長文だけど自分用なので悪しからず・・・・1)期待感=================最初にメンテナンスを出したとき、見違えるほど綺麗になって戻ってくるものと期待した。
料金がそれなりの額だったことも関係あるだろう。仮定の話に過ぎないが、最初にこれほどの期待感を抱いていなかったら、その後の怒りも起きなかっただろうと想定される。
ただ、もし怒りの気持ちが沸かなかったとしたら、「まあどうでもいいか」という諦めの気持ちになって、この時計に対する思い入れの気持ち自体が薄れてしまっていたことだろう。【教訓】・期待を持ち過ぎることには注意しよう。・しかし期待があればこそ感動もあるし、何よりも真剣になることができる。
真剣(マジ)になることは諸刃の剣でもある。しかし自分についてはこのような感情が必要であることが今回分かった。もっと期待し、感動し、熱くなろう。2)怒り=================一回目のメンテナンス結果に対して最も怒りを覚えたのは「ないがしろにされたのではないのか?」という不信感を感じた点だ。もし何らかの事情、例えば依頼相手が知り合いだったら、不満があっても単に事務的にその旨を伝えるだけで怒りまでは生まれなかっただろう。思い入れをもっていた製品の会社であっても、相手の人となりはわからない。実は相手の人となりを全く知らなかったのだという事実が如実に現れ、それまで思い入れをもっていただけに裏切られた思いがして、怒りになったのだろう。やはり、実のつながりのない係わり合いは、「こういう結果だがあいつのことだからいいか」のような信頼は持ちにくい。
【教訓】・相手の真意が分からない状態で心地よくない状況が起きた場合、相手は自分に対して最悪の感情や待遇(今回なら「このお客は適当にあしらえばよいだろう」という待遇)をしたのではないかと考えてしまう危険が高い。
・自分も知り合いに対してちゃんとコンタクトをとっているか? 反省すべきところが多いのではないか?3)誠意=================一方で、KENTEX社に対して再び信頼を抱けるようになったのも、同じく面識もないKENTEX社員の方からのメールがきっかけになった。メールから、こちらが期待するだけの誠意を読み取ることができたからだ。
穿った見方をするなら、営業的に顧客対応して頂いたというだけのことで、会社からすればごく当然のやり取りだったのかもしれない。しかしたとえそうであったとしても、こちらの怒りを宥め、安心を与え、今まで以上の思い入れをもたせるに至らしめたきっかけも、実のつながりがない中でのメールのやり取りだった。
ということは、実のやり取りがなければ信頼を得ることはできない、というのも必ずしも正しくないと言える。【教訓】・2)の逆になるが、実の付き合いがないとしても、相手に誠意を尽くす方法がないわけではない。メールであっても、相手の心に伝わる言葉はありうると信じよう。・それだけに、特にメールなど言葉だけが頼りの状況であれば、相手に伝わりやすい言葉を一生懸命考えて使おう。・しかし言葉で何とでも相手の気持を動かしうると考えるのも傲慢だ。今回は自分が最初から思い入れをもっていた商品だっただけに、その気持ちを肯定してくださる言葉を頂けたので心に響いたのだろう。もし自分と全然関係ない商品の宣伝であれば、どんなに素敵が言葉が並んでいようと心にも留めなかっただろう。
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